stylist西ゆり子さんに連絡した。
「今日会えませんか?」「いいよ」
現在73歳現役stylist。日本にstylistという職業が無かった頃からstylistを始めた、この世界の走りの人である。
まだstylistとして初声をあげたばかりの津野を可愛がって下さり、仕事がない頃を支えて頂いた神様だ。
日本のドラマ界で、「西ゆり子」の名前を知らない人はいない。https://www.instagram.com/sha_yuriko?igsh=MWZ0bTFmYTlvbmVhaQ==
西さんが初めにドラマのお仕事を振って下さったのは、榮倉奈々さん。
次に平山浩行さん、玉木宏さん、三浦翔平さんなどなど、、、数々の作品をご一緒させて頂いた。
stylistとして旗を上げたなら、スタイリングをしてなんぼ。津野の空いたスケジュールを片っ端からバシバシ埋めて頂いた事は、感謝してもしきれない。
しかも、その全てがビックネームで泡吹いた。
現在は「着る学校」https://www.instagram.com/stylingschool2022?igsh=MWJreXYxMHpzdThkNw==というオンラインのファッション専門学校の総帥で、生徒は5000人。既に5期目である。10回1セットの講座を社会人に教えている。
この学校で【色、素材、バランス】などのテーマでご指導に励まれ、基礎を叩き込む事によって、「人生が変わった生徒さん」が続出しているという。
取材の冒頭で
「あんたのスタイリング見てるわよ。まだまだね。
ダサかったら良いね👍押さない様にしてるから!」と言われた。黙ってイイネしてくれよ、、、。全く、、、。
今回は、複数の質問を事前に考えておいて、取材形式で対談させて頂いた。
【質問1】
今何を考え、何処に向かうのか
【答え】
世界に通用する服装を発信したいそうだ。🇺🇸アメリカのPBSや🇬🇧イギリスのBBCを見ると、ニュースを読むアナウンサーが、各々に着たい服を着ている。対して、🇯🇵日本のNHKはダサい。と言っていた。
確かにアメリカのアナウンサーは日本では、はしたないとされる 深いVネックのワンピースを着ていたり、特徴のあるネクタイをしていたりしている。
対して、日本は芋っぽいワンピースに、男性は決まってレジメンタイ。これは「国の放送局としてあり得ない!」とお怒りだった。
そして、ココで終わらないのが西さんの凄いところだ。ご自身のマネージャーさんに局と交渉してもらい、定期的に局内で、「アナウンサー」と「局お抱えstylist」と西さんで3者面談してNHK内部から体制を変えようと試みている。
思っているだけでは何も進まない。実行に移す行動力が素晴らしい。
【質問2】
各年代毎にどう生きたか
【答え】
●30代
子育てをしながら仕事に明け暮れた。とにかく依頼には2つ返事でYES。忙し過ぎる毎日を送られた。津野の年齢以上の世代は、ご存知かと思うが「なるほどザワールド」の楠田えりこさんを担当したのは.西さんだ。
あの,とんでもなくデカい帽子.個性的な服、あれを毎週担当していたかと思うとゾッとする。見る側は楽しいが、用意する側はあのクオリティを,毎週担当はえげつない。
●40代〜50代
忙しいながらもポツポツとスケジュールが空きだすので、その隙間にオペラ鑑賞、アート、歌舞伎などのカルチャーに触れていた。
一緒にドラマを担当した10年前 西さんに言われた忘れられない言葉がある
「津野!50代からは愛がないと続かないわよ、仕事相手、タレントさんに愛情を注げる人になりなさい。」この言葉は今も脳裏に深く刻まれている。
どうやら50歳を超えた頃から、同年代のstylistが次々と消えていったという事だ。残ったstylistは愛情が深かった人だという。
50歳を待たずして40代後半からドンドン仕事が無くなって行く人もいる。リアルに津野はその様な方と話した事もある。
良い悪いを別にして、明日は我が身だと思い危機感をもって今を過ごさないといけない。
●60代
迷いの年齢だった。
還暦を迎え0️⃣になり、新たに第二の人生が始まるものだと思っていたら実際は違かった。
津野は無知なので、知らなかったが「還暦」とは
「60歳を迎え干支が一巡して、ちょうど生まれた年の干支に還るため、【生まれ直しの年】、【第2の人生の始まりの年】らしい。」
60歳を境に、「旦那様と1年イタリアに住もうと計画」した最中、旦那様がガンとなり闘病生活。イタリアには当然行けなかった。
それから旦那様との死別、ご自身も怪我や病気で入退院を繰り返し混沌としていた10年だったという。
人生思い通りに行くとは限らないものだ。
●70代
「解き放たれた!!」と仰った。今までの霧が,スカッと晴れて生まれ変わったようだ。
現在は、「着る学校」の学校運営と並行して
企業の内部に入り込んで 洋服から企業を生まれ変わらせようと、B to Bでの事業を進めて行かれる様だ。しかも、その企業が世界を代表する日本の企業だったから驚きだ。
相変わらず やる事がイチstylistの枠を超えている。たくましい!!
西さんから若手へのメッセージを頂いた。
それは
「賢くなれ!聡明になれ!」だった。
stylistは世界の事を知らな過ぎる。今どことどこが戦争してて、経済はこうで、テクノロジーはこうで。といった「一般教養」が足りていない事を嘆いておられた。
現在、西さんが動いているB to B事業を行うとなると、一般教養がないと話にならない。
コレに関しては津野も納得だ。前項でも書いたがstylistの仕事相手は、大学出のエリートばかりだ。服しか知らないパッパラパーと意味のない会話を交わすことは辛いだろう。
北の達人コーポレーションという通販会社が「弊社にはIQ130以上の人間がおります。同じレベルのIQの方を募集します。」とリクルートした事例がある。
そして、採用となったIQ130の社員は、元々いたIQ130の方と対等に話せることに驚きを覚え、「今までの会社では話が全く通じなかったから、凄く居心地が良い。」と言ったそうだ。ちなみに、IQ130は とんでもない天才である。
この事から、stylistだって大学出のエリートと対等に話せる教養は必要なのだと思う。
西さんは、下請けであるスタイリストの枠を超え、
こちらから企画書を持ち込んで「服のプロの手腕」を持って「企業」を変えていこうとしている。新たな道の開拓者だ。
我々後輩は、このたくましい先輩の背中を見て後に続かないといけない!!
そうなると必要になってくるのは、「聡明さ」なのだろう!!
合わせて津野にもメッセージを頂いた
「津野も思い立ったら すぐ実行しなさい。何でも先延ばしせずに、やれるウチにやりなさい。」と。
73歳を迎えると体力と,気力が大幅に失われ 何かやる事を見つけないと「ずっと寝ていようかな?」という気にすらなる。
はちゃめちゃ元気な西さんでそれだったら,大抵の人はもっと行動制限するはずだ。だから,体が動く今なんだと。
更に、
70代からは「筋力と財力」が必要なる。との金言も頂いた。
自宅の掃除や、ちょっと近くへ出かけるだけでも、気力が持たない事がある。その時に人にお金を使って動いて貰い「日本の経済」を回しているという。
これを素直に守り、貯蓄と筋トレも課題となった。今から始めよう!!
西さんは、共に仕事をした10年前 (当時津野33歳。西さん63歳。)を,青春時代と仰る。
63歳を青春と語れる人は少ない。良い言葉だ。
そして、津野の事を「弟子」だと言ってくれた事が、心から嬉しかった。
自分には師匠は2人いた事を昨日知った。
頼れる人が多い事は有難い事だ。
厚かましい話だが、西さんは自分と似ているところが多く。まるで、30年後の津野を見ている様な気になる。
その未来の自分から、コレからの30年を生きていく為の地図を頂いたようで、最高に有益な時間を過ごさせて貰った。
また近いうちに、お茶に誘って 新たな地図を頂くとしよう。
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