津野はアシスタントになると決めて20人に連絡をした。第一希望は祐真さんで60人待ち、何とかコネ入社を狙ってアシスタントの方に接近し、話を通してもらったが入れなかった。
他にも沢山の人に履歴書を送った。しかし、全滅。こうなると意地だ。誰でも良いから、スタイリストになるやり方を教えてくれと躍起になって就職活動を続けていたが、結局、知り合いのメイクさんからの紹介で、師匠に就いた。
元々、同世代の若いファッション誌と若いタレントのスタイリングを希望していたが、実際に就いた師匠は、プラス15歳の40代ファッション誌、40代男性俳優をスタイリングしていた。そして、女性のスタイリングはやらなかった。
初めは、希望と異なる事で違和感はあったが、同じスタイリストの仕事。やり方を学べるだけでも幸せだった。会社員だった頃の残り1年はスタイリストのことをいつも考えていたので、やっとスタートLINEに立てた嬉しさの方が大きかった。
始まったは良いが、針と糸なんぞ触った経験もなく悪戦苦闘。そんな初歩の作業をスーパースタイリストに聞くことも出来ないので、先輩に“玉留め”から教わった。
師匠は雲の上過ぎて、ほとんどの所作は先輩から伝授頂き、対等に話せるようになるのに半年〜1年はかかった気がする。
何も出来ない素人が、一流の現場を見せてもらえるだけでも恐れ多く 「スタイリスト業界の100あるうちの20の価値だけでも早く提供しないと、、、」と来る日も来る日も夜中まで仕事をした。
入社3ヶ月でアシスタントは津野1人になり、そこからは死ぬ思いをしたが どんなにキツくても辞めようという気は起こらなかった。「何もなし得てないのに、やめれるか」としか思っていない。
3年7ヶ月で独立し、スタイリストのキャリアをスタートさせるのだが、2年目にはやりたい媒体をやれていた。
ファッション誌ファインボーイズにLEON、剛力彩芽さん、鈴木亮平さん、広瀬アリスさん、などがデビューから数年お世話になった。

何が言いたいかと言えば、やり方さえマスターすれば、ジャンルはスライド出来るという事。逆にやりたくもなかったスーツのノウハウを覚えたり、おじ様のコーディネートを覚える事で幅は広がった。
ファッションの世界は、着物からゴスロリまで幅が広い。やりたいジャンルは黙っていても勉強するが、好きでもないジャンルを自分から勉強出来る人いない。
津野はアシスタントになる時、メンズしか仕事する気がなかったが、独立して直ぐ仕事が来たのはレディースだった。
「アシスタント時代もっと前向きにレディースを勉強すれば、、、」と後悔したものだ。
よって、師匠の仕事が多種多様であればあるだけ、強制的に多ジャンルに踏み込まねばならず、将来の幅は広がる。
よって、服を扱う仕事は やりたくない仕事こそ、アシスタント時代にやっておくべきだと思う。やりたいジャンルは貴方の努力次第でいくらでも増やせる。

津野は、独立時 若手の俳優の主役クラス、ジャニーズグループをやりたいと思っていたが、
鈴木亮平くん、間宮祥太朗くん、溝端淳平くん、SexyZone、SnowMan、SixTONES、剛力彩芽さん、土屋太鳳さん、福原遥さん、山本舞香さん、新川優愛さん、桜田ひよりさん、志田未来さん、広瀬すずさん、広瀬アリスさん、有村架純さん、山本美月さん
など、数年間に渡りお世話になった。師匠が全く手をつけなかった世代である。
初めは誰もがスタイリスト素人だ。津野もFランクの日本大学出身の素人。そこからスタートとなる。そうなった時に1番大事な事は「イケる!!」思う事。「俺は絶対にイケる」と思っていないと、成功はしない。何処かで諦める。
貴方が人や環境のせいにして諦めて、自分に可能性を無くした時に初めて、夢は泡となる。
津野はカレー屋でも、エンジニアでも、建設業でも、自動車産業でも、トップに立てると思っている。
その代わり10年間はプライベートな時間はないだろう。それはスタイリストの経験から身をもって分かる。
しかし、11年目から楽に稼げるようになる。そこまで没頭しよう。なんでも先に苦労はするべきだ。


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