俳優とスタイリストの素敵な話

プロフィール

アシスタント時代に髪を切ってもらったメイクさんと現場が同じだった。

旧友に会うと必ず出てくる話題は、「あの人は今」であろう。「あの時代にいたあの人は今どうしているか」を沢山話した。20年も経過すると人は大きく変わる。

・昔は名声を誇った会社の役員が今は仕事が無くて困っていたり、、、

・逆に大会社に転職して役員まで登り詰めたり

・当時ファッション誌の看板だったスタイリストAが、今は記憶障害でスタイリングを組めなくなっていたり

過ぎてしまえば あっという間の20年。しかし、人の人生は大きく変わる事を改めて知った。人の体感では【19歳までと20〜80歳迄が同じ時間の長さに感じる】と言われているのも理解できる。後半の60年があっという間にすぎないように、毎日毎日新しい体験をする事に、気をつけて生きなければならない。

今回は切ないながらも素敵なストーリーを耳にしたので紹介したい。上記の記憶障害になったスタイリストAの話だ。

彼は現在61歳。津野の師匠と同じ年代で当時のスタイリスト界のトップ集団を率いた人。各ファッション誌の表紙・巻頭を担当し、テレビの世界でも超有名俳優のスタイリングを数多く担当する方だった。

スタイリングは華やかで、緑ベースのタータンチェックのベストにエンジのネクタイを合わせる様な感じ。華のあるスタイリングが得意だった。彼の弟子の中には津野と同期の人間もいる。

日頃の不摂生(飲酒)が祟って、ある時 数分前の出来事を忘れる様になった。今回津野も同じスタジオだったが、「今俺どこに居るんだっけ?」とスタッフにきいていた。

記憶力がこの段階まで落ちると、「今何の媒体でコーディネートを組まないといけないのか」「今組んでいるコーディネートは何に使うのか」まで分からなくなる。つまり、廃業である。

この状況を見た ある主役俳優Bは、彼に仕事を振って彼の奥様にコーディネートを組む様に指示した。奥様は、俳優Bの大学時代の友達で、元レディースファッション誌の編集者。メンズコーデは苦手かもしれないが、組めない事もない。

今まで長年スタイリストAに世話になった御礼として、記憶がなくなった今でも、「一緒に仕事がしたい」と奥様に発注依頼を出している。。。

スタイリストと俳優の間には、この様な絆が生まれる事だってある。スタイリスト側が ただお金儲けのために仕事をしていたら、この様な事にはならないだろう。

スタイリスト西さん(https://www.instagram.com/sha_yuriko?stkn=bG9wZnF0bWE3eWxn)が言うように、仕事をする上で最も重要な要素は愛情である。出役の方に対して愛情が無い限りスタイリスト業は続かない。

日々「収録が回る1分前まで、出役の方の為に良い服を集める」という気持ちは忘れてはならない。

かたやスタイリストに対して「ただ素敵コーディネートを組んで、現場に持って行って着せるだけ」そうイメージする一般の方も沢山居る。

しかし、その単純な作業の周りには、人同士の密接な関わりが存在していて、一生の友達を作る事もある

今回の様に、もうスタイリングを組めなくなってしまった戦友にも、現場にきて貰って「なんとか支えよう」と考える慈悲深い俳優もいる事を、世の中の人には知ってほしい。

しかも、今回紹介した俳優は、誰もが知っている超有名人だ。彼が公にスタイリストを募集したら、日本中のスタイリストが手を上げるだろう。。。その様な立場を築き上げた人が、もう仕事が出来ないスタイリストに仕事を振る。。。日本俳優界の頂点に立つ人間は、「心意気が違うな、、、」と感じた。。。津野もいつかそう思われる様に、体が朽ちる寸前まで依頼に対して真摯に応えようと思う。

コメント

タイトルとURLをコピーしました